2018年10月14日日曜日

ロジック「Last Call」〜マスクを装着すること



『クレイジー・リッチ!』(18年)はハリウッド映画なのに主要キャストが全員アジア人俳優であるということで話題だけれども、いざ鑑賞してみての感想はそんな映画のつくりとは裏腹に、実に「これぞアメリカ」というものだった。まあそれもそのはずである。ヒロインのレイチェルは中国系ではあるが、アメリカ育ちの生粋のニューヨーカーなのだから。
 ニューヨーク大学で経済学を教えるレイチェルは、友人の結婚式に参加する恋人のニックに連れ立たれシンガポールを訪れる。彼女はこのときはじめてニックがシンガポールでも有数の大富豪一家の御曹司であることを知るのであった。ニックの実家で対面した彼の母親エレノアは、どこの馬の骨とも知れぬレイチェルのことを快く思わない。見た目こそアジア人であるが、アメリカの価値観のもと育った移民の子どもであるレイチェルを名家の跡取り息子の妻にはふさわしくないと考えるエレノアは、ふたりの交際を阻もうとする。かくしてレイチェルは、息子との仲を引き裂こうと画策するエレノアと対峙することになる。
 エレノアの体現する家族主義のアジア的な価値観に、レイチェルが体現する個人主義のアメリカ的な価値観が勝るという物語の着地点を見届け、冒頭で述べた「これぞアメリカ」という感慨を覚えたのだった。

***

 アメリカは個人主義の国。ロジックの『YSIV』(18年)を聴いたときも、そのように思った。
『YSIV』の最終曲「Last Call」はタイトルからも推測できるように、カニエ・ウェストの同名曲にオマージュをささげた1曲である。ビートはおろか、音楽との出会いからいまにいたるまでの歩みを10分超にわたって長々と語るという構成までカニエの原曲に倣うという、徹底した模倣ぶりを披露している。
 走馬灯のように自身の音楽人生をひととおりふり返るこの曲の終わりで、ロジックは結論としてひと言「マスクを装着して(put your mask on)」というメッセージをリスナーに向ける。マスクといっても、ラップミュージックでおなじみの目出し帽のことではない。ロジックが着用するよう呼びかけているのは、航空機の機内で緊急時に提供される酸素マスクのことである。もちろん文字通り酸素マスクをつけろと言っているわけがなく、ここではメタファーとして用いられている。航空機内では乗客が小さな子ども連れであっても、まずは大人が酸素マスクを装着し安全を確保したうえで子どもの補助をおこなうよう説明される。ロジックはそうした機内での安全説明にかけて、「自分のことを第一に考えて生きろ」と説く。最優先すべきは自分の幸福を追求することだ、と。他人に手を貸すのは二の次でかまわない。

 ロジックといえば、苛酷な生い立ちや出自がひとと異なるゆえの迫害を物ともせず、ポジティブ思考をもって夢に邁進する姿が若い世代やマイノリティ層からの共感を集めていることで知られる。口癖のようにくり返される「Peace, love and positivity(平和と愛と楽観主義)」がロジックの座右の銘だ。前作『Everybody』(17年)は「人種、宗教、肌の色、信条、性的嗜好に関係なくすべてのひとは平等に生まれついているが、平等に扱われていない」をモットーに、自己受容の尊さを説いた作品だった。自殺防止ホットラインの電話番号をそのまま曲名にした「1-800-273-8255」がMTVの授賞式で披露された際には、自殺防止センターへの相談電話件数が50%増になったというのだから、音楽によって実際にひとの命を救ったといっても決して過言ではない。そんな“利他心のお手本”のようなロジックが、『YSIV』にいたっては「自分のことを最優先しろ」と“利己的”ともとれる発言をしている。
「Last Call」は、曲中でも語られるようにかつてホームレスだったロジックがいまの成功をおさめるまでの成り上がり物語である。そのいわばアメリカン・ドリーム成就の秘訣が「利己的に生きること」だというわけだ。あのロジックでも根はやっぱりアメリカ人だなあと、かの国における個人主義信仰の強さを感じずにはいられない。

 アルバムの表題曲「YSIV」では、ナズの「Life's a Bitch」から客演のAZが歌うフックがサンプリングされている。ナズの原曲では、人生とはどうにもままならないものだから、せめていまだけは楽しもう(Life's a bitch and then you die, that's why we get high)という刹那的なメッセージが歌われる。でもロジックにこのメッセージは少々不釣り合いな気がする。『YSIV』に限らずロジックの作品から伝わってくるのは、ままならない人生だからこそ後悔の残らぬよう、情熱を傾けるものに死ぬ気で打ち込むことの大切さだ。ハイになっている暇なんてない。「Last Call」でロジックはこんなふうにも言っている「お金がないし時間もないから、とか言ってる時点で話にならない。そんなやつがうまくいくはずない。いいからとにかくやってみるのみ。やりたいことをやるだけ。わがままに生きればいいんだよ」。もしフックを勝手に書き換えていいなら「Life's a bitch and then you die, that's why we work hard」などとした方が、よっぽどロジックらしくなる(韻は踏めなくなるが)。「Last Call」で下積み時代のエピソードが語られるとおり、この曲はロジックの成り上がり物語であると同時に、彼に成功をもたらした努力と研鑽のドキュメントでもある。
 いうまでもなく、成功の陰には努力がつきもの。『クレイジー・リッチ!』の主人公レイチェルの母親は、夫からの暴力に堪え兼ねアメリカに渡り、女手一つで娘を知的エリート層になるまでに立派に育て上げた。レイチェル親娘のようによその国からやってきた移民であっても、またはロジックのように貧困と暴力の渦巻く劣悪な環境に生まれ育っても、個人の才覚と努力によって立身出世できるところは、やはり「これぞアメリカ」といった感じである。

 ところで『YSIV』は、ロジックがアルバムデビュー前に発表していたミックステープ・シリーズ『Young Sinatra』の4(IV)作目という位置づけの作品である。同シリーズの第1作目に収録された「All I Do」は、努力家ロジックの生き様がよく表れた1曲だ。一にライム、二に金儲け、三、四がなくて、五にライム。とにかくやるのみ。Go do it, just live your life!


Logic - "All I Do"

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2018年10月7日日曜日

カニエ・ウェストのことば〜いいねについて


 これはデンゼル・カリーが「Clout Cobain」言ってることと同じ。言い換えるなら、すなわち「C.R.E.A.M. (Clout Rules Everything Around Me)」。


(いいねがじゅうぶんにもらえないことを苦に自殺するひとがいる。コンピュータの世界でも、ひとは承認を求めてやまない。ジャック・ドーシーやケヴィン・シストロム、マイク・クリーガー、マーク・ザッカーバーグとの公開議論の場を設ける必要性を感じる)

(いいねの数を公開して価値判断がおこなわれることは、銀行口座の預金残高を晒したり、Tシャツにちんこの大きさを書かなきゃいけないのと同じ)


Denzel Curry - "Clout Cobain"


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カニエ・ウェストのことば〜スマホについて



 カニエ・ウェストが「ノー・No」(Noと言わない)運動を独自に展開しているけど、歩きスマホ反対には同意してくれると思う。2020年に合衆国大統領に当選したあかつきには、ぜひとも歩きスマホ問題への抜本的対策を講じてほしいものです。


(現代のような情報化時代にあっても、ひとは知恵を欲している)

(スマホはいじるのが義務みたいになってるけど、工具として考えるべき。金づちを肌身離さず持ち歩きはしないだろ? 必要がなければ金づちは手に取らない。これなら依存することもないし、義務を感じることもない。金づちと同じで、スマホも必要になったときだけ使えばいい)

(昔はスマホなんかなくても、なんの支障もなかった。誰もがみなスマホ依存症に陥っている)


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2018年9月30日日曜日

デンゼル・カリー『TA13OO』



 デンゼル・カリー『TA13OO』(18年)の幕開けは、いささか奇妙である。
 開幕曲「TA13OO」でデンゼルが語りかける相手の少女は、5歳のときに性的虐待を受けて心に傷を負っている。涙する彼女にデンゼルは寄り添い、やさしい言葉をかけ、救いの手を差し伸べる。『TA13OO』という題名が表すように、本作の主眼は誰もあまり話題にしたがらない「タブー=禁忌」に切り込み、その闇に光をあてることにある。性的虐待という題材もそんなタブーのうちのひとつというわけだ。とはいえ「TA13OO」のはじまり方には唐突な印象を受ける。なんの前置きもなく聞かされる虐待の話は、突拍子のなさが否めない。デンゼルがアルバムで取り上げるそのほかのタブーは拝金主義(CASH MANIACSUMO)、双極性障がい(SWITCH IT UP)、マンブルラップの是非(PERCS)、SNS依存と音楽産業の歪んだ構造(CLOUT COBAIN)など。こうした話題の多くが同輩ラッパーたちに向けられた問題提起だと解せることを考えると、それにあてはまらない「TA13OO」の虐待という題材は、やはり奇妙といわざるをえない。

 そこで考えをめぐらせた末に、筋のとおりそうなひとつの解釈を思いついた。これはコモンが「I Used to Love H.E.R.」で用いたレトリックなのではないかーーつまりヒップホップの擬人化である。
 それまでは昔気質(ルビ:オールドスクール)でアフリカ中心主義的だったヒップホップが、N.W.A.を中心とする西海岸勢力の勃興につれて、暴力礼賛や商業主義といった性格を強めていることに対して警鐘を鳴らしたのが「I Used to Love H.E.R.」という曲だった。コモンは、そんな当時のヒップホップをギャングスタに恋した女性にたとえて歌っている。
 デンゼルが「TA13OO」で歌う少女も、実はヒップホップのメタファーだとしたらどうだろう。少女=ヒップホップは虐待を受けているということになる。では誰から虐待を受けているのだろうか。「PERCS」や「CLOUT COBAIN」の内容から察するならば、それはマンブルラップであり、その担い手たちをもてはやす我々リスナーということになるだろう。かつてコモンが恋した“彼女”はギャングスタとつるみ、派手な遊びを覚えたのち、いまや愚にもつかないたわ言をつぶやき、顔面にわけのわからないタトゥーを彫り、ドラッグにふけっている。彼女の友人のなかにはオーバードーズで命を落とした者までいる。デンゼルは、そんな彼女=ヒップホップの置かれた状況を虐待と呼んでいるのではないか(もっとも、デンゼルはコモンのように楽曲内でオチをネタばらししているわけではないので、少女がヒップホップのメタファーだという考えはあくまで推論である)。


Common - "I Used to Love H.E.R."

***

 マンブルラップとそのリスナーを謗(そし)る「PERCS」のラインからは、明確な悪意が感じられる「あいつらはなんにも言ってねえじゃん/ごにょごにょ言ってるだけでさ、でもお前らは“おお、やばい”とか言ってありがたがってる」。ところがデンゼルは歌詞のなかでもインタビューの発言においても、マンブルラップを批判するつもりはないとくり返し表明している。そのうえで「自分はそうした連中とはちがう」のだと主張している。デンゼルのこうした態度は、個人を尊重しているといえば聞こえがいいが、あいまいで煮え切らない印象も受ける。
 しかしこのどっちつかずの態度も、『TA13OO』という作品の構成を考えると合点がいくかもしれない。3幕構成になっている『TA13OO』は、第1幕の「Light」から第3幕の「Dark」に向かってじょじょに暗さを増していく。全幕中でいちばん収録曲数が多い第2幕の「Gray」パートは、デンゼルの説明によれば社会の現実を表現しているという。「Light」パートのようにすべてが順調にいく期間も、「Dark」パートのようにままならない困難に直面する期間も、どちらもいつまでもつづくことはなく、人生の大半は良いことと悪いことが等しく訪れるのだという考えが、この3幕構成には反映されている。前述の一見あいまいなデンゼルの態度は、この世は白黒つけられないグレーなものであるという、彼の人生観によるものなのかもしれない。
 グレーであることは、かならずしもあいまいさを意味しない。白にも黒にも染まろうとしないデンゼルの姿勢は、極端に偏った主義思想が幅を利かせる現代社会において、重要な示唆を与えてくれる気がするのだ。デンゼルを見習い、ひとの意見にまどわされることなく自己鍛錬に励み、進化をつづけよう。

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2018年9月17日月曜日

追悼マック・ミラー



 RIP Mac Miller

 大好きなマックのを聴きながらケリー・クランシーがインスタグラムに投稿した追悼文を読んでいたら、不覚にも泣いてしまった。「あなたはいつも自分のことは二の次で、困っている周りの人への気遣いを忘れなかった。自分のショウに遅れるかもしれないのに、クロエ(注:ケリーの愛娘)のためにピーターパンの発表会に駆けつけてくれたこともあったわね」
 薬物の過剰摂取による死を美化するつもりはこれっぽっちもないけど、いまはただ、重荷を下ろしたマックが安らかに眠ることを祈るばかり。
 ありがとう、マック・ミラー。心よりご冥福をお祈りします。




Mac Miller - "Objects In the Mirror"

Just a little taste and you know she got you
Can you hide away? Can you hide away?
Sound of silence as they all just watch you
I kinda find it strange, how the times have changed

ほんの一口だけで彼女にぞっこん
やめられない とまらない
静寂の音 見守るしかできないひとたち
時の移ろいは かくも奇妙かな

I wish we could go and be free once
Baby, you and me
We could change the world forever
And never come back again

君とまた自由になれたらいいのに
ねえベイビー、君と僕のふたりなら
この世界だって変えられる
ここには二度と戻らない

Let's leave it all in the rear view
Let's leave it all in the rear view
You don't have to cry
You don't have to cry

なにもかもぜんぶ置き去って
なにもかもぜんぶ置き去って
泣くことはないよ
泣くことはないよ

 

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