2017年5月28日日曜日

ロジック「America」とJ・コール「False Prophets」



 Logic(ロジック)が『Everybody』(17年)にシークレットゲストとして参加しているJ. Cole(J・コール)について、オタク愛丸出しで饒舌に語るこのインタビュー動画からは、J・コールへの敬愛ぶりがひしひしと伝わってくる。ロジック曰く「俺はあなた(J・コール)の言葉に従って生まれた産物」。「America」という曲でロジックは、同じく敬愛する先輩格ラッパーのKanye West(カニエ・ウェスト)のご乱心に対して、「ジョージ・ブッシュは黒人のことを考えていない」とカニエのブッシュ批判を引用したのを口火に、「2017年、ドナルド・トランプがその後釜/カニエが黙っているから俺が言う/目を覚ませ、みんなの声に答えてくれよ/好きだからこそ言うけど、俺たちは困惑している/あなたの音楽は2020年レベル、でも政治を見る目は曇ってる/名前を傷つけるつもりはない/あなたのすべてに心酔しているから」と愛憎入り混じる批判を展開している。これはもしかしたら、J・コールの「False Prophets」という、同じく尊敬していたカニエへの落胆を辛辣に綴った曲に想を得たというか、この曲の存在が、憧れのカニエに苦言を呈すことに少なからず躊躇いを覚えただろうロジックの背中を押したのかもしれない、と思った。

 ロジックやJ・コールがそうしたように、神のように崇拝する人物に対しても、間違っていると思えば批判の目を向けるのが健全というもの。批判されているカニエも「Power」という曲のなかでは、権力の集中はよくない、と言っている。でもその一方で、スーパーヒーローに欠かせないテーマ曲が俺の場合はへイターの喚き声、と吹聴しているので、せっかくロジックたちが勇気を出してあげた声が、カニエに灸を据えることになるかは甚だ疑問である。あと余談だけど、「False Prophets」を聴いて、『バットマン vs スーパーマン』のスーパーマン像に書かれた「false god」という落書きを連想した。果たしてイーザスは偽の神か。





Logic - "America (feat. Black Thought, Chuck D, Big Lenbo & NO I.D.)"

J. Cole - "False Prophets"

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2017年5月27日土曜日

RAP NASTY〜『映画と残酷』とタイラー・ザ・クリエイター



 ナマニク『映画と残酷』読了。面白かった!「俺たちの観たい映画を好き勝手にブッタ切ったり、ボカシたりしやがって、けしからん!」という文句に終始することなく、映画の残酷描写が規制されてきた歴史と問題点を、客観的な立場から検証していて、たいへん興味深く読んだ。映倫と聞くと、良識派ぶった顔をして作品の鑑賞を制限する、忌むべき存在という印象を漠然と抱いていたのだけど、本書の記述を読むと、国家による検閲を避けるための自主規制機関という、法規制に対する緩衝材としての役割を担っていた事実がわかる。よく知りもしないのに思い込みで「悪」と決めつける態度は、それこそ本編を観ていないのに、見出しや伝聞だけで残酷映画を不快だとして糾弾する連中と同じわけで、反省。

 第4章「地獄のビデオ・ナスティ 世界最悪の検閲」では、イギリスで行われた法規制の事例が紹介されている。猥褻の烙印が押された映画のビデオソフトが発売禁止の憂き目に逢っているという話を読んで、歌詞の内容が暴力的だという理由からイギリスへの入国禁止措置を受けたTyler, The Creator(タイラー・ザ・クリエイター)のことを思い出した。前に書いたように、この措置は断じて不当。イギリス政府によるタイラーへの処遇には今でも腹が立つ。しかし、残酷映画をめぐる同国の一連の騒動と対応を知って、もともとそういうお国柄なのかもと腑に落ちたところもあった。本のなかで、映像審査機構のスポークスマンによる『悪魔のいけにえ』(74年)公開時の発言「私たちのような学のある富裕層が観るぶんには問題がないが、アホな労働者階級の連中が観たら刺激が強すぎて暴動になるかもしれん!」や、1751年制定の「治安紊乱に関する法律」の文面「下層の人々のために娯楽の場が広がることは、さらなる窃盗や強盗を引き起こすことになる、なぜなら、貧乏人は娯楽のための金を手に入れようと不当な手段に訴えようとするからだ」が引用されているけど、イギリスの暴力表現に対する風当たりの強さは、階級社会(におけるエスタブリッシュメント層の差別意識)という国柄も影響しているのかもしれない。とはいえ、タイラーが入国禁止措置を受けたのは2015年だぜ。もう少し進歩的に考えられないものだろうか。最後に、『映画と残酷』の一節を借りて、タイラーを締め出したイギリスに対して再度問いたい、“今日『Bastard』を聴いて、プロムの誘いを断った女の子を拉致、レイプしたあげく食人行為におよぶヤツがいるのだろうか? もしかしたらいるかもしれないが、果たしてそのすべての原因は『Bastard』であると言えるのだろうか?”


Tyler, The Creator - "VCR"


Tyler, The Creator - "Sarah"

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2017年5月21日日曜日

ロジック「Saturday (Skit)」



 Logic(ロジック)の『Everybody』(17年)がビルボードのアルバムチャートで首位獲得
クラックとアルコールまみれの家を飛び出して足掛け十年。これといったヒットシングルなしでの首位獲得を快挙として讃えたい。苛酷な境遇に置かれても、進むべき道を見据えて、腐らずひたむきに努力を続ければ報われることもある、ということを体現して見せたくれたロジックの姿に勇気づけられる。

 ミックステープ『Young Sinatra: Welcome to Forever』(13年)収録の「Saturday (Skit)」という曲は、ミュージシャンとして大成することを夢見て、自室でリリックを推敲する若き日のロジックを描いたスキットで、全米首位の座を射止めた今あらためて聴き返すと感慨深いものがある。父と息子の間で他愛もない会話が交わされるこのスキット、当時は思い至らなかったけど、考えてみれば、ロジックの父は彼が生まれた時から家にいなかったわけで、このような会話をロジックは実際には経験したことがないはず。映画*1などで見聞きした父子の会話を参考に、ロジックが喉から手が出るほど望んでいたであろう“平凡な家族の日常”に想像を巡らせてスキットの脚本を書いたのだと思うと、切なさに胸が痛む。以下、「Saturday (Skit)」の拙訳なり。おめでとう、ロジック!


Logic - "Saturday (Skit)"

コンコンコン(ドアをノックする音)
父:おい、うるさいぞ! そのやかましい音楽どうにかしておくれ!
ロジック(以下:ロ):Gバーグをレペゼン/時間をかけて/ラップでレイプ/俺がラップでレイプするときは
ガチャガチャ(部屋に押し入る父)
父:この騒音はいったい何のつもりだ?
ロ:父さん、勝手に入ってくんなよ。俺の部屋に何の用?
父:音量を下げておくれ! 父さんはジョニー・マティスとかナット・キング・コールが好きなんだがな!
ロ:父さん...
父:この連中は何て言ったっけか、2チェインズだか、チェンジだか、トゥーじゃなくてスリーチェインズだっけか
ロ:もう、勘弁してくれよ
父:まったく、いまどきの音楽はどうなってるんだ
ロ:ヒップホップっていうんだよ、俺の夢
父:お前は何を寝ぼけたこと言ってんだ!
ロ:まあ、父さんには一生理解できないだろうね
父:学校はどうしたんだ?
ロ:今日は土曜日だよ
父:ああ、そうか、今日は土曜日か
ロ:そう、土曜日だよ
父:つべこべ言ってる暇があったら、働きなさい!
ロ:働けって?
父:冷蔵庫の中をスッカラカンにしおって
ロ:ちょっと待ってくれよ、これが俺の仕事なんだって
父:お前のその強情なところ、母さんにそっくりだな! あの美人の母さんにな!
ロ:父さん、やめてくれ
父:母さんみたいなべっぴんさん、またとお目にかかれないぞ!
ロ:本当にやめてってば
父:いいか聞け、お前の母さんはな、父さんの出会った最高の女だ!
ロ:また始まったよ、どうしていつもこうなるかな
父:そよ風になびく母さんの髪ときたら! フー! 思い返すたびに声が出てしまうよ
ロ:父さんってば、やめてくれよ! そんな話聞きたくないよ!
父:そりゃ聞きたくないだろうよ、なんたって、母さんにコーフンしてんだから!
ロ:勘弁してくれよ
父:ああ、青い瞳の可愛いこと! 髪がフワーッとなびいて
ロ:毎日同じ話をして飽きないね
父:母さんは料理の腕もピカイチだった! あいつの作るフライドチキンも天下一品でな。フー!
ロ:まだ続ける気? わかったよ、気が済むまでどうぞ
父:母さんはどこで料理を習ったんだか。それからあの豊満でジューシーなおっぱい!
ロ:なに!? やめてよ、気持ち悪い!
父:お尻は肉厚でぷりっぷり!
ロ:おえ、もう聞いてられない
父:母さんのおっぱいで父さんの...
ロ:父さん! もうその辺でいいだろ!
父:ズッコンバッコン! ズッコンバッコン!
ロ:父さん、マジでやめてくれって! これ以上続けるつもりなら、児童保護サービスに電話するけどいい?
父:児童保護サービスに電話するってか笑
ロ:ああ、そうだよ。刑務所に入ってからでは手遅れだからね
父:どうぞご自由に!
ロ:やれやれ
父:さてと、話を聞いてやろうか
ロ:今は戯れ言に聞こえるかもしれないけど、俺はただ音楽を作りたいんだ。それのどこがいけないことなんだよ...
父:いけないことはないさ。好きにやりなさい。父さんも昔はテンプテーションズみたいに歌ってたしな
ロ:はいはい、テンプテーションズね
父:アイ・ガット・サンシャイン〜♪
ロ:わかった、わかったよ、父さんにもそういう時代があったように、今は俺の時代なんだ。俺は音楽がやりたい。やらせてほしい
父:わかった。その代わりだな、ストリートで悪さして厄介ごとを起こすような真似はするなよ、そしたら音楽でもなんでも好きなようにやりなさい、応援してやるから
ロ:うん
父:わかったのか?
ロ:わかったよ
父:ところでお前の母さんの電話番号知らないか?
ロ:え?
父:あんなにマブい白人女性は...
ロ:父さん、いい加減にしてくれ!
父:フー!

*1:この曲で父役を演じているジョン・ウィザースプーンは、映画『Friday』にアイス・キューブの父役で出演している喜劇俳優

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2017年5月13日土曜日

ロジック『Everybody』〜白人か黒人か、否、異邦人



「誕生日に早起きした俺/二十五歳になれたなんて恵まれてる」

 Nas(ナズ)の「Life's a Bitch」の言わずと知れた有名ラインをもじって、Logic(ロジック)が「Innermission」という曲でこのようにラップしている。四六時中、死が隣り合わせで眠ることすらままならない、そんな苛酷なストリートをサヴァイブするナズのこのリリックを引用したラッパーは過去に大勢いるが、ロジックほど引用するにふさわしい人物もそうそういないだろう。え、ちょっと待った、ロジックってあの色白の肌をした青い目の小僧だろ? 白人で「平和、愛、楽観主義」とか言ってる奴。あいつがナズの言うような“クソみたいな人生”を経験してるわけないじゃん。白人なんだから、きっと裕福な家庭で育ったに決まってる。そう、ロジックの問題意識はこの点にある。つまり、黒人の父と白人の母の間に生まれたバイレイシャル(混血)という彼の出自に起因している。ロジックの生い立ちは、聞くも涙語るも涙の悲惨なものだ。ロジックが生まれたとき、すでに彼の父は家族のもとを去っており、残された母は酒浸りでクラック中毒。貧困と暴力が織りなす劣悪な家庭環境でロジックは育った。兄弟姉妹は肌の色が異なる彼を養子扱いし、母は息子をNワードで呼ぶというひどい有り様。一方、学校では同級生からクラッカー(貧乏白人)と呼ばれてからかわれる。気持ちは黒人のつもりでも、見た目は白く、白と黒どちらのコミュニティにも属せないロジック。彼の引き裂かれた自我は想像を巡らすだけでも辛い。こういった生い立ちにも関わらず、ロジックは肌の色が白いがために、話を信じてもらえず、白人のくせにワルを装って作り話をしているという謂れのない批判にこれまで晒されてきたのだった。

 人種、宗教、肌の色、信条、性的嗜好に関係なくすべての人は平等に生まれついているが、平等に扱われていない、という『Everybody』(17年)で繰り返されるロジックの主張は、マイノリティの声を代弁するだけでなく、ラップミュージック界隈における彼の立ち位置と重ねて聴くことができよう。

『Everybody』を聴いて思い至ったのは、Childish Gambino(チャイルディシュ・ガンビーノ)の存在である。ロジックとガンビーノには、「白い」と揶揄されてきたという共通点がある(前者は前述の通り外見が、後者は音楽的に)。チャイルディッシュ・ガンビーノことドナルド・グローヴァーは元々コメディアン、脚本家、俳優といった他ジャンル出身の人物であるがため、ラッパーとしてのキャリアの初期は、コメディアンの副業のように見なされるなど、彼の音楽活動を軽視したラップミュージックのファンから手厳しい評価を受けた。『I Am Just A Rapper』(10年)と名付けられた彼の初期作品群はタイトルのみならず、作中のそこここで「俺はラッパーだ」という宣言が聴ける。それはラッパーとしての矜持を示すと同時に、彼のことを特異な経歴ゆえに軽視するへイターへの抵抗であった。ロジックが「Mos Definitely」「Black SpiderMan」といった曲で、自らの黒人としてのアイデンティティを声高に叫ぶ姿が、かつて「俺はラッパーだ」と主張していた時期のガンビーノを想起させる。両者とも、出自や経歴が他人と違うがため、ラップ論壇から辛酸を嘗めさせられてきた。ただし、ロジックが言いたいのは、自分は黒人であり白人ではない、ということでは決してない。黒人であり且つ白人であり、その人が何人だろうと、そのことを理由に他人にとやかく言われる筋合いはないし、そもそもレッテル貼りすること自体が無意味であり、彼の場合はバイレイシャルという自身の出自を個性として受け入れるから、みんなも他人の意見に捉われずに自分を愛そうぜ、というのがロジックの伝えようとしているメッセージである。『Everybody』の最終曲「AfricAryaN」を締めくくるJ. Cole(J・コール)のラップも「受容」について歌われている(他人からの承認なんてクソ喰らえ、あれはマジで危険/神を見出し、自分を受け入れろ)。ロジックは何人か?などという問いが愚問であることは百も承知だが、あえて答えるとするなら、こう呼ばせてもらいたい、ロジックはラップミュージックの異邦人である、と*1


Logic - "Take It Back"


Logic - "AfricAryaN (feat. Neil DeGrasse Tyson)"

*1:ラップミュージックの異邦人であることは、チャイルディッシュ・ガンビーノについても同じことが言える。

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2017年5月4日木曜日

『親愛なる白人様』S1, Ep05〜親愛なる字幕翻訳家様



『親愛なる白人様』第五話を観て思ったのだけど、親愛なる字幕翻訳家様、こういう題材の作品だからこそ、Nワードの翻訳にあたっては、訳語の音引き有る無しが大事だと思うのですが。全部音引きありで翻訳されているけど、ラップの歌詞のNワードは基本的に音引きなしの用法で使われているし、特にこの場面では差別意識がない(音引きありのNワードでない)から非黒人が口にするのも許されると思っていることが問題なわけだし(『Atlanta』シーズン1の第一話を観ても、白人ラジオ局員がDonald Glover(ドナルド・グローヴァー)演じるアーネストの前でNワードを使って不快にさせる場面では、話者が白人のときは音引きなし、その後アーネストが「さっきあいつがNワード使ってたんだけど」と同胞の黒人に向かって引用するときは、不快感を示すかのように音引きありのNワードでそれぞれ使い分けて字幕処理されていた*1)。


Future - "Trap Niggas"



*1:非公式サイトで観た『Atlanta』の英語字幕ではこのようにNワードが使い分けされていた。仮に公式ではNワードの音引き有る無しが使い分けされていないとしても、この英語字幕を付けた人物はわざわざ台詞の意味を過大に汲み取ってそのようにしたわけで、その事実からもNワードに対する英語圏のひとの意識がうかがい知れよう。

 

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