2017年3月25日土曜日

ドレイク『More Life』〜ラップの聴き方



Drake(ドレイク)の熱烈なファンでユーチューバーのLexie Kendzによる『More Life』(17年)の感想ビデオは、前回の『Views』(16年)のビデオに引き続き、ヴィヴィッドな反応が見ていて楽しい。でも楽しいだけでなく、様々なことを教えてくれるビデオでもあるのだ。たとえば、「Marvin's Room」を思い起こさずにはいれない、酔いどれドレイクの痴態が披露される「Free Smoke」の一節「酔った勢いで送ったJローへのメールは、番号が変わってて跳ね返ってきた」であったり、Meek Mill(ミーク・ミル)を痛烈に皮肉った箇所「ゴーストライターを疑ってた張本人がゴーストになっちゃった?」を聴いて、吹き出すほどに笑う彼女の姿からは、ヒップホップという音楽ジャンルは純粋に音を楽しむだけではなく、ウィットに富んだ言葉づかいに感嘆したり、ときには笑ったりといったような、ラップ特有の鑑賞作法が見て取れる。ほかにも、アメリカのティーンエイジャーはイギリスのグライムシーンに疎いこと(そもそもあまり興味がなさそう)、ダブの振りを決めるポイントなど、英語圏のネイティヴスピーカーが、アメリカのラップをどのように聴いて楽しんでいるかがうかがい知れる。


MORE LIFE REACTION - LEXIE KENDZ

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2017年3月20日月曜日

ドレイク「Can't Have Everything」〜ネットリンチで人生を壊されるミーク・ミル



『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』は、ネット炎上で破滅した人たちへの取材を通して、公開羞恥(ネットリンチ)の構造を探求した本で、たいへん興味深く読んだ。取材対象は、人種差別的なジョークツイートが火種となり大炎上したネット企業の広報部長など。広報部長のジャスティン・サッコは、問題のツイートに対する非難と誹謗中傷を浴び、心に大きな傷を負っただけでなく、職を失ってしまう。人生転落の顛末を目に涙しながら話す彼女の姿は、いくら身から出た錆だとは言えども気の毒に思わずにおれない。この本を読んでいて、Drake(ドレイク)がMeek Mill(ミーク・ミル)を攻撃したディス曲「Back to Back」を想起した。この曲の発表と同時にネット上に溢れた無数のミーク・ミルを嘲笑するミームは、本のなかで扱われている公開羞恥とは文脈が異なるが、ネット上のリンチであることに違いはないように思える。『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』では、取材を重ねるにつれ、その考察対象が「恥」の感情がもたらす心理的影響にまで及んで行く。テキサス州ヒューストンの判事だったテッド・ポーの科した公開羞恥刑のエピソードは、恥の感情が人を苦しめるのに有効であることを物語っている。

「ヒューストンのティーンエイジャー、マイク・フバチェクに下した判決は独創的なものの一例だろう。一九九六年、フバチェクは飲酒運転でヘッドライトもつけず時速一六〇キロメートルものスピードを出し、一台のバンに衝突した。バンには夫婦とベビーシッターが乗っており、夫とベビーシッターは死亡してしまった。ポーはフバチェクに、新兵訓練のブートキャンプに参加するよう言い渡した。一一〇日間におよぶ訓練を受けさせるのである。また、一〇年間にわたって月に一度、学校やバーの前に『私は飲酒運転で二人の人を殺しました』と書いたプラカードを持って立つという罰を課された上に、事故現場に十字架とダビデの星を掲げ、維持管理をすることも命じられた。さらに、一〇年間、犠牲者の写真を財布に入れて肌身離さず持ち歩くことや、犠牲者の名前のついた記念基金に一〇年間、毎週一〇ドルずつ送金すること、飲酒運転が原因の事故で亡くなった人の遺体を定期的に見ることなども命じた。この種の刑罰は、受けた人間にとって心理的に大きな苦痛になることがわかっている」

 ネット上のミーク叩きは、ドレイクが音頭をとって発生したわけでなく、あくまでもドレイクとミークのビーフを楽しむリスナーのあいだで自然発生的に生じたものである。しかし、これほど大量のミームが生まれた背景には、「Hotline Bling」の愉快なへなちょこダンスを筆頭に、普段からミームのネタにされてからかわれることの多いドレイクが相手だったことが理由として挙げられよう。ドレイクが特異なのは、普通、笑われるのは恥ずかしい忌むべきことなのに、この男の場合は笑われてもヘッチャラなキャラを確立したところにある。道化を演じることに自覚的なドレイクは、笑われてもヘッチャラどころか、むしろ笑われてナンボの三枚目キャラである。それでいて同時にカッコいい二枚目の面も持ち合わせているのだから無敵である。ミーム画像をステージ演出に巧みに用いた「Back to Back」のライヴパフォーマンスは、三枚目キャラのウケるドレイクと、ラッパーとしての強さを誇る二枚目キャラのドレイクを体現する好例といえよう。

Drake - Charged Up/Back To Back [OVO Fest 2015]

『More Life』(17年)においても、ドレイクはミークへの攻撃の手を緩めない。だが今回のディスはこれまでとは違う手法を取っている。というか、これは果たしてディスなのだろうか。「Can't Have Everything」の終わりに配置されたドレイクの母のボイスメールがそれだ。ドレイクの母は、ミークとの諍いで疲弊して気が立ち不安定なドレイクの精神状態を気遣い、このように息子にアドバイスをする「When others go low, we go high」。この言葉は元々、ミシェル・オバマ元大統領夫人が民主党大会のスピーチで使った言葉で、それをヒラリー・クリントンは大統領選のテレビ討論会で引用した。ミシェル夫人は、バラク・オバマが黒人であるがゆえに不当な中傷を受ける度に、この言葉を子供たちに言い聞かせた。ヒラリーはドナルド・トランプの低俗な中傷に対してこの言葉で反論した。「相手が卑劣でも、あなたは高尚に」というこの言葉で、ドレイクの母は息子にミークへの好戦的な態度を考え直すよう諭しているわけだが、お母さんに喧嘩の仲裁をされるなんて、喧嘩をしている当の子どもたちにとっては物凄く恥ずかしいことではないか。ドレイクの場合は、良い意味で恥を知らない無敵の三枚目なので何を言われようと全然平気である。一方、突如、喧嘩相手のお母さんが出てきて、お茶を濁されたミークの場合は、きっと気まずい思いをしていることだろう。『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』でも書かれているように、人は羞恥に弱い。お母さんは喧嘩を止めようと善意のつもりで言ったのだろうけど、皮肉にも容赦ないディスとして、恥辱と笑いをもたらしている。レコーディング作業中にボイスメールディスのアイデアを閃いたドレイクとOVOの仲間たちが、トロントのスタジオでゲラゲラ笑っている光景が目に浮かんでくるようだ。



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2017年3月15日水曜日

フューチャー『HNDRXX』〜エックスはXでなく、EX



 今週に発売が迫ったDrake(ドレイク)の6thアルバム『More Life』(17年)は、ドレイクの仲間たちをたくさん招いた「プレイリスト」になると言われているが、どのような作品になるのだろうか。ドレイクといえば、共演回数の多いFuture(フューチャー)が『HNDRXX』(17年)で、失恋男の傷心をメロディアスなトラックに乗せて歌う、というドレイクの十八番芸をやっており、ドレイクのお株を奪ってしまっている感がある(※)。『HNDRXX』でのフューチャーの脳裏には、破局した元フィアンセCiara(シアラ)の存在が憑きまとって離れず、曲中で彼女に対する嫌味を口にする姿は、元恋人のことを未練がましく想い続けるドレイクのようである。The Weeknd(ウィークエンド)とRihanna(リアーナ)という客演の布陣もドレイクっぽい。アルバムのタイトル『HNDRXX』は読みづらいが、フューチャーの別称「(フューチャー・)ヘンドリックス」を変則的に綴ったものだ。「X」が重ねられているのが気になる。フューチャーが「X」について言及する際、これまでであれば「xan(xanny、xanax、ザナックス、抗うつ薬、レクリエーション・ドラッグとして服用)」や、エクスタシーの俗称としての「X」と理解していたことだろう。錠薬の瓶をシャカシャカ振って、よりどりみどりのドラッグをキメまくる『DS2』(15年)の冒頭は、フューチャーと「X」のズブズブな関係性を象徴するような場面である。しかし、『HNDRXX』の場合、フューチャーの言う「エックス」が意味するのは、多くの場合エクスタシーほかドラッグのことではない。それは言わずもがな「EX(ex-girlfriend、元恋人)」のことである。アルバムタイトルに「E」が欠けているのは、「X」が「EX」だから、と考えるのは深読みのしすぎだろう。


Future - "Turn On Me"

※:フューチャーがドレイカイズ(drakize)されたのは、今回が初めてではなく、「Where Ya At」という曲では、ドレイクのもう一つの十八番芸と言える「売れていなかった時代に受けた冷遇を糾弾、そして手に収めた成功をひけらかす」を見事にトレースして演っている。

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2017年3月7日火曜日

ジャスティン・ハーウィッツ「City of Stars (Humming)」



 デミアン・チャゼル『ラ・ラ・ランド』(16年)の劇中歌のなかで一番印象に残った曲は、ミア(エマ・ストーン)が鼻歌を聴かせる「City of Stars (Humming)」。映画では本編終了後のエンドクレジットで流れるこの曲を聴いて、こんな妄想を駆り立てられた。切なさに胸が締め付けられる。

「あなたも夢を叶えたのね」セバスチャンのジャズバーをあとにしたミアは、万感の思いを胸に夫と自宅へと帰ってきた。ベビーシッターに預けていた娘はすやすやと眠っている。ミアと夫は夫婦の寝室へ。ドレッサーの鏡の前で寝支度をするミア。「その歌、さっきのジャズバーで聴いたやつでしょ。結構良い店だったよな」夫の言葉にハッと我に帰るミア。無意識にセブが弾いてくれたあの曲を鼻歌で歌っていたのだった。「うん、すごい良いお店だった」ミアはそう答えると、カバンの中から撮影を控える次回出演作の台本を手にとった。夫を相手にセリフ読みの練習をするミアの顔を、窓から差し込む星明かりが照らしている。


“City of Stars (Humming)” - La La Land (2016)



 

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