2014年2月9日日曜日

『ここは退屈迎えに来て』におけるウータン・クランの引用



 以前よりずっと気にはなっていたものの、「ガールズ小説」という宣伝文句が男子の自分には何となく手を伸ばしづらかった山内マリコさんの小説。

 昨年の12月には、その山内マリコさんの新刊『アズミ・ハルコは行方不明』(幻冬舎)が発表された。これはいい機会だと思いきって読んでみたところ、いままで敬遠していたのがバカらしく思えるくらいとても面白かった! 読後の興奮冷めやらぬうちに続けて『アズミ・ハルコ〜』と同じく、地方都市に暮らす若者の退屈でどん詰まりな日常を描いた前作『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)も読んでみた。

『ここは退屈迎えに来て』の第一部「私たちがすごかった栄光の話」には、田舎から上京して10年間東京で暮らすも、今は地元に戻ってタウン誌のカメラマンをしている須賀という人物が登場する。地元に戻ってもう長いのに、須賀はいまだ東京に未練があるらしく、イオンモールに象徴される地方都市の風景を“ファスト風土”と呼び、忌み嫌っている。
 須賀の運転する車のカーステレオでは、いつもヒップホップがかかっている。といってもそれは新譜ではなく、いわゆるクラシックと呼ばれるような90年代の名盤だ。須賀は90年代、青山のギャラリーで展覧会を開いたり、インディーズでCDを出したりなどして輝いていた。そんな過去の栄光の日々のサウンドトラックとして鳴っていたのが、当時のヒップホップだったのだ。

エンジンをかけるとカーステからは、自動再生されたウータン・クランが流れ出す。須賀さんの心のベストテン永遠の第一位、ウータン・クランの傑作デビューアルバム。(中略)九十年代初頭、そこはニューヨーク市にあるスタッテン島、フェリーでしかマンハッタンに行けない辺境の地。香港製カンフー映画に魅せられた地元の黒人マイノリティー九人組が、自分たちは少林寺(シャオリン・アイランド)でラップの修行をしているのだという無茶な設定のもと、その退屈な地元の町で、次々ライムをひねり出した。(中略)「ウータン・クランはちょっとファンタジーの世界に生きてんだよね。仲間内で今日からここは少林寺なって設定作って、勝手にいい感じの世界に転換して生きてんの。本当の日常はクソなのに、自分たちはその脳内設定で世界を見てるから、どれだけ最悪でも耐えられるっていう
(山内マリコ『ここは退屈迎えに来て』より)

「ごっこ遊び」で離島の退屈をしのいでいたWu-Tang Clan(ウータン・クラン)。須賀の愛聴盤がウータンの『Enter the Wu-Tang (36 Chambers)』(93年)なのは、そうした彼らの境遇に共感を覚えるからだろう。引用が巧い! ちなみに上記引用箇所はP. 35〜36と、これまた見事!(偶然かな?)

 

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