2018年11月24日土曜日

キッズ・シー・ゴースト@Camp Flog Gnaw Carnival 2018



 キッズ・シー・ゴーストの出番を待つステージ転換の45分間は、まるで時が止まったかのように長く感じられた。何度見やっても、時計の針は遅々として進まない。タイラー ・ザ・クリエイター主催の音楽家フェス「Camp Flog Gnaw Carnival」最終日のヘッドライナー登場をひかえるドジャースタジアムに渦巻く、興奮と焦燥。すし詰め状態となったステージ前の中央最前列付近は戦々恐々とした様子で、ときおり待ちきれなくなった人たちの叫び声が聞こえてくる。場内アナウンスでは、「いまの状態では危険なため、プログラムをつづけることができません。数歩下がってください」と運営の人間がしきりに呼びかけている。しまいには「ウォーター、ウォーター」と男たちが水の提供を要求しはじめた。僕の位置からは直接見えなかったが、いよいよ忍耐の限界が近づいているのだろう。客席に投げ込まれる何十本ものミネラルウォーターのペットボトルが月光を反射させながら宙を飛んでいくさまは、さながら流れ星のようだった。

 それでもじっと待っていると、とうとう幕が開く。まず視界に飛び込んできたのは、宙に浮く横長の透明な箱だ。その箱型の舞台装置に目をこらしてみると、なかにお目当の人物の姿を確認できた。その男は、青いフリースにオレンジ色のインナーという格好で仁王立ちしている。夢にまで見たカニエ・ウェストそのひとがいま、目と鼻の先にいる……。いっきに目頭が熱くなってくる。
 巨大なスピーカーからは、この日がくるまでに何百回と聴いてきたあの曲のイントロが大音量で流れている——ユア・ジ・オンリ〜・パワ〜♪——1曲目は「Father Stretch My Hands Pt. 1」だ。この曲なら、昨年もキッド・カディのソロステージで聴いた。でもいまから目撃しようとしているのは、昨年のそれとはまったく別の代物と言っていいだろう。なぜなら今日はカニエがいるのだから。
 ふと我に返ると、ものすごい歓声が響きわたっていることに気づく。ステージ上のふたりの姿をとらえようとする何台ものスマホが頭上で光を放ち、なんとも異様な光景である。
「Father Stretch」でサンプリングされているのは、T・L・バレットによるゴスペル音楽。このゴスペル特有の響きによって、会場全体が瞬時に祝祭の雰囲気に包まれていくのを感じる。胸に押し寄せる多幸感と高揚感。そう、これから催されるのはまさに祝祭だ。心の病いから復活をはたしたカニエ・ウェストとキッド・カディを祝う夜会が、いまにもはじまろうとしている。
 さあ、いよいよくるぞ。緊張のしすぎで心臓が飛び出しそうだ。あらんかぎりの力で声を張り上げて叫んだ——“メトロの信用がないやつは、おととい来やがれ!”(If young Metro don't trust you I'm gon shoot you!)


 メトロ・ブーミンのおなじみのDJタグにつづき、カディのコーラスとカニエのヴァースもしっかりシンガロングした「モデルの女の子とファック/彼女は肛門(ルビ:アスホール)を脱色してた/俺はTシャツを脱色した/まぬけ(ルビ:アスホール)になった気分」

 その後は「4th Dimension」を皮切りに、『Kids See Ghosts』(18年)の全曲が披露された。「4th Dimension」のカニエが奇声をあげるパート「ガガガガ、ババババ、ルルル、ブルル、ダダダ、フー!」を会場一丸となって大合唱したときは、まちがいなくこの日のハイライトのひとつだった(Nワードが連発するプシャ・Tのヴァースも、肌の色に関係なくやはりみなが熱唱していた)。

 ステージの両サイドに設置された大型スクリーンに目を移すと、そこには今宵の宴の立役者であるタイラーが少年のように大はしゃぎする様子がときおり映り込んでいるのが確認できた。これぞ「Ghost Town」で言うところの「僕たちはあのころと変わらず子どものまま(We're still the kids we used to be)」である。タイラーの嬉しそうな姿を見て、音楽を好きでよかったと心の底から思えた。

http://hooolden-caulfieeeld.tumblr.com/post/180409657731

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『Kids See Ghosts』収録曲をすべて歌い終えたあとは、ふたりのソロ曲お披露目タイムに突入。山のようにある持ち曲のなかからなにを演るのか事前にいろいろと考えていたが、まったく見当がつかなかった。

 まず披露されたのは、ふたりの共演曲「Welcome to Heartbreak」。出だしのストリングスが鳴りはじめたときは、こうきたかと思った。
 この曲も、これまで幾度となくくり返し聴いてきた曲だ。アルバム『808s & Heartbreak』が発売されたのは、いまからちょうど10年前の2008年。当時の僕はまだ大学生で、アルバムはたしか通学路の途中にあった町田のタワーレコードで買ったと記憶している。そのころはいまみたいにストリーミング・サービスはなく、発売日にわくわくしながらCDショップにフィジカル盤を買いに行くのが常だった時代。ハートのモチーフをあしらった、またしてもヒップホップらしからぬ斬新なジャケットはKAWSとのコラボレーションで、「さすがカニエはセンスが違う」などと知ったような口を利いていた。英語もいまほどできなかったから、カニエがなにについて歌っているのかはよくわからず、感想としてはなんて寒々しい作品なんだろうと思ったのを覚えている。ツイッターもまだ普及する前で、情報はもっぱらヒップホップ系のブログから収集していた。当時カニエがやっていたハイブロウなブログ「kanyeuniversity.com」も、わけがわからないながらも更新を楽しみにしていた。

 そんなふうに「Welcome to Heartbreak」が誘い水となって、カニエに対する積年の想いがふっと湧き起こってきた。ようやくカニエを生で観ることができたのだとあらためて実感し、またしても泣きそうになった。この曲も周囲と一緒に大合唱したのは言うまでもない「友だちに子どもの写真を見せてもらったんだ、でもお返しに俺が見せてやれたのは、自宅の写真だけ/娘が成績表を受け取ったんだってさ、俺が受け取ったものといえば、せいぜい新しいスポーツカーぐらいのもの」

 その後は、同じく『808s』からふたりの共演曲である「Paranoid」、カディの代表曲「Pursuit of Happiness」、そしてカニエの目下いちばんのお気に入り曲だという「Ghost Town」を披露して大団円を迎えた。
 観ているときは興奮のるつぼ状態だったため考えつかなかったが、振り返ってみると、今回のKSGセットは実によく考えぬかれた選曲で構成されていると思う。後半に披露された楽曲はどれも、KSG作品のテーマのひとつ「解放(free)」にあわせて選ばれていると言えそうだ。


 たとえば「Paranoid」はパラノイア(妄執)についての歌だが、KSG風に言い換えるならパラノイアは「亡霊(ghost)」となろう。この曲のミュージックビデオの冒頭では、パラノイアの数々(疾患、苦悩、妄想、不眠、裏切りなど)が魑魅魍魎のごとく画面の奥から這い出して迫ってくる。「心配しないで、悪く考えすぎだって」と歌うカニエは、いま聴くとまるで躁うつを患う自分に言い聞かせているかのようだ。

「幸福の追求」と題されたカディの「Pursuit of Happiness」も、KSGとして歌うことに意味を感じさせる1曲だ。深刻なうつを患うという過酷な経験を経た末に、同じく精神の病いに悩んだカニエと一緒に、いまこうして自由の身を謳歌できているカディにぴったりの選曲である。「僕は大丈夫だよ(I'll be good)」という歌詞の心に染み入ることったらない(この日、カニエはパブリックイメージのままにむすっとしていた印象だけど、カディは演奏中終始ニコニコしていた)。
「Ghost Town」でカディが歌う「愛そうと努めてきた」対象のきみ(you)は、彼自身(そしてカニエ)のことだったのだとようやく気づいた。

 さらに言うと、1曲目の「Father Stretch」も、解放への渇望が歌われた曲であり(I just wanna feel liberated)、セットリストは首尾一貫したテーマのもとに組まれたと考えてまちがいないと思う。いま思えば、『The Life of Pablo』(16年)でゴスペルをフィーチャーしたのは、単にチャンス・ザ・ラッパーのまねをしたのではなく、神に救いを求めなければならないぐらい苦しくなったカニエからのSOSのサインだったのかもしれない。紆余曲折を経て最終的に『TLOP』というタイトルに落ち着いたこのアルバムは当初、『So Help Me God』と呼ばれていたこともあるぐらいである。


 カニエのことを一時期は本当に気が狂ってしまったのかと思って心配していたけれど、本人も自分がおかしなことになっているのに気づいたという。「Paranoid」で歌っていたように、もう「心配する必要はない」ようで安心した。



「I Thought About Killing You」でカニエはこんなふうに歌っている「I love myself way more than I love you」。松本引越センターの往年のコマーシャル風に訳すななら「きみたちも好きです。でも自分のほうがもっと好きです」となるだろうか。以前に書いたように、「I Love Kanye」という曲を聴いたときは、どうもそれが本心だとは思えなかった。でもいまのカニエの言葉に嘘はなさそうだ。自身と正面から向き合うことで、心の底から自分を愛することができているのだろう。フェス閉幕後にタイラーが投稿した舞台裏写真に写るカニエの笑顔がまぶしい。




 

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