2017年5月13日土曜日

ロジック『Everybody』〜白人か黒人か、否、異邦人



「誕生日だから早起きした/25歳まで生きてこられた俺は恵まれてる」

 ナズの「Life's a Bitch」の言わずと知れた有名ラインをもじって、ロジックが「Innermission」という曲でこのようにラップしている。四六時中、死が隣り合わせで眠ることすらままならない苛酷なストリートをサヴァイブするナズのこのリリックを引用したラッパーは過去に大勢いるが、ロジックほど引用するにふさわしい人物もそうそういないだろう。え、ちょっと待った、ロジックってあの色白の肌をした青い目の小僧だろ? 白人で「平和と愛と楽観主義」とか言ってる奴。あいつがナズの言うような“クソみたいな人生”を経験してるわけないじゃん。白人なんだから、きっと裕福な家庭で育ったに決まってる。——そう、ロジックの問題意識はこの点にある。つまり、黒人の父と白人の母のあいだに生まれたバイレイシャル(混血)という彼の出自に起因している。
 ロジックの生い立ちは、聞くも涙語るも涙の悲惨なものだ。ロジックが生まれたとき、すでに彼の父は家族のもとを去っており、残された母は酒浸りでクラック中毒だった。貧困と暴力が織りなす劣悪な家庭環境でロジックは育った。兄弟姉妹は肌の色が異なる彼を養子扱いし、母は息子をNワードで呼ぶというひどい有り様。一方、学校では同級生からクラッカー(貧乏白人)と呼ばれてからかわれる。気持ちは黒人のつもりでも、見た目は白く、白人と黒人のどちらのコミュニティにも属せないロジック。彼の引き裂かれた自我は想像をめぐらすだけでも辛い。こういった生い立ちにもかかわらず、ロジックは肌色の白さを理由に話を信じてもらえず、“白人のくせにワルを装って作り話をしている”という謂れのない批判にこれまで晒されてきたのだった。

 人種、宗教、肌の色、信条、性的嗜好に関係なくすべての人は平等に生まれついているが、平等に扱われていない、という『Everybody』(17年)で繰り返されるロジックの主張はマイノリティの声を代弁するだけでなく、ラップミュージック界隈における彼の立ち位置と重ねて聴くことができよう。

『Everybody』を聴いて思い至ったのは、チャイルディシュ・ガンビーノの存在である。ロジックとガンビーノには、「白い」と揶揄されてきたという共通点がある(前者は前述の通り外見が、後者は音楽的に)。
 チャイルディッシュ・ガンビーノことドナルド・グローヴァーはもともとコメディアン、脚本家、俳優といった他ジャンル出身の人物であるがため、ラッパーとして活動を始めた当初はコメディアンの“副業”と見なされるなど、彼の音楽活動を軽視したラップミュージックのファンから手厳しい評価を受けた。『I Am Just A Rapper』(10年)と名づけられた彼の初期作品群はタイトルのみならず、作中のそこここで「俺はラッパーだ」という宣言が聴ける。それはラッパーとしての矜持を示すと同時に、彼のことを特異な経歴ゆえに軽視するへイターへの抵抗であった。ロジックが「Mos Definitely」「Black SpiderMan」といった曲で自らの黒人としてのアイデンティティを声高に叫ぶ姿が、かつて「俺はラッパーだ」と主張していた時期のガンビーノを想起させる。両者とも、出自や経歴が他人と違うがためにラップ論壇から辛酸を嘗めさせられてきた。ただしロジックが言いたいのは、自分は黒人であり白人ではない、ということでは決してない。黒人であり且つ白人であり、その人が何人だろうと、そのことを理由に他人にとやかく言われる筋合いはないし、そもそもレッテル貼りすること自体が無意味であり、彼の場合はバイレイシャルという自身の出自を個性として受け入れるから、みんなも他人の意見に捉われずに自分を愛そうぜ、というのがロジックの伝えようとしているメッセージである。『Everybody』の最終曲「AfricAryaN」を締めくくるJ・コールのラップでも「受容」について歌われる(他人からの承認なんてクソ喰らえ、あれはマジで危険/神を見出し、自分を受け入れろ)。ロジックは何人か?などという問いが愚問であることは百も承知だが、あえて答えるとするならこう呼ばせてもらいたい。ロジックはラップミュージックの異邦人である、と*1


Logic - "Take It Back"


Logic - "AfricAryaN (feat. Neil DeGrasse Tyson)"

*1:ラップミュージックの異邦人であることは、チャイルディッシュ・ガンビーノについても同じことが言える。



 

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