2012年5月2日水曜日

I Don't Like〜洗練されたバカ



BANG, BANG
DJケン(左)とチーフ・キーフ
「バン、バン(というか、バイン、バイン)」が頭から離れない。チーフ・キーフが呪文のようにくり返す、あのアドリブのことである。

 チーフ・キーフはイリノイ州シカゴに暮らす16歳のティーンラッパー。昨年10月の『Bang』に次ぐ新作ミックステープ『Back from the Dead』を3月リリースし、いまにわかに注目を集めている期待の新星だ(前者は、右も左もわからないシカゴの街で路頭に迷っていたところを、チーフ・キーフの叔父に助けてもらったという日本人プロデューサーのDJケンが大半の曲を制作している)。
 チーフ・キーフの作品を聴いて耳に残るのが、あの悪名高い「バイン、バイン」という銃声音である。いうなれば、この「バイン、バイン」の響きとノリだけで強引に作品を聴かせているといっても過言ではないぐらい、印象的で中毒性のあるフレーズだ。だが彼の銃が火を吹くのは、楽曲内にかぎった話ではない。


 昨年12月、チーフ・キーフは武器の不当使用で逮捕され、自宅監禁を強いられてしまう(『Back from the Dead』(生還)のタイトルは、このときの警察とのいざこざで彼が死んだとの噂が流れたことに由来)。しかしこの一件が彼の名を世に知らしめる起爆剤となる。
 チーフ・キーフの出所後、その知らせに歓喜する少年の様子を収めたビデオがポータル動画サイト「WORLD STAR HIP HOP」にて公開されたのを機に、「チーフ・キーフってだれ?」と当時シカゴのかぎられた地域以外では無名であった彼に一気に注目が集まり始めた。見知らぬラッパーをめぐるネット上の盛り上がりを受け、シカゴのヒップホップ・シーンを紹介するブログ「Fake Shore Drive」がチーフ・キーフをミックステープとともに取り上げたことで、そのバズはさらに拡大した。それから瞬く間に彼の名前はシカゴのストリートを飛び出し、広く世に知れ渡ることになる。その人気の高まりは今日、キャッシュマネーのボスであるバードマンが彼との契約を希望するまでにいたっている。


Chief Keef - "Bang"

「俺は嫌い」
 バードマンのほかにも、「Bang」のリミックスを発表したリル・Bや、インタビューでチーフ・キーフの名前を挙げたダニー・ブラウンなど、業界内でチーフ・キーフに関心を示す者は少なくない。そんなキーフに魅せられたひとりが、彼と同じくシカゴ出身であり、「I Don't Like」のリミックスを発表したカニエ・ウェストである。
 カニエの新曲「Theraful」(のちに「Way Too Cold」に改題)でマイクを握るDJファリスの話によれば、「I Don't Like」はカニエにとって、ジェイ・Zとの共演曲「Niggas in Paris」に次ぐ2番目のお気に入りなのだという。この話からは、カニエの相当な入れ込み具合がうかがえるが、2番目とはいくらなんでも誇張ではないかと疑いたくなる。しかし、カニエの性格や「俺は嫌い」と題されたこの曲の内容を考えると、あながちそうとも言い切れない。


Chief Keef - "I Don't Like (feat. Lil Reese)"

"A snitch nigga, that's that shit I don't like"
(告げ口するやつが嫌い)

"A popped bitch, that's that shit I don't like"
(ブスな女が嫌い)

"Fake Trues, that's that shit I don't like"
(偽物のトゥルー[レリジョンのジーンズ]が嫌い)

 チーフ・キーフの「I Don't Like」は、いわば彼の「嫌いなものリスト」である。このように「これ嫌い」「あれ嫌い」と言いたい放題に自分の好き嫌いをぶちまける様子は、幼くして銃を手に取る反面、いかにも16歳のティーンエイジャーといった感じである。
スピーチに乱入され戸惑う
テイラー・スウィフト(右)
ここで思い出してほしいのが、カニエのこれまでの言動と失態の数々だ。
 2005年にハリケーン・カトリーナがアメリカに甚大な被害をもたらした際の「ブッシュ大統領は黒人のことを何も考えていない」発言、2006年のMTVヨーロッパ・ミュージック・アワードで自身の「Touch the Sky」が受賞を逃した際の受賞者スピーチの妨害、そしてまだ記憶に新しい2009年のMTVビデオ・ミュージック・アワードにおける受賞スピーチへの乱入(俗にいう「テイラー・スウィフト事件」)など、カニエは自分の意に反することや嫌いなものに対しては——チーフ・キーフとはちがい、もう立派な大人だというのに——場所や分別をわきまえることなく、素直に「いやだ、嫌い」と言わずにいられない、子どもじみた性格の持ち主である。ちなみに「Mercy」では、世間を騒がせてばかりいる自らのことを、次のように自嘲気味に歌っている。

"Don't do no press but I get the most press, kid"
(ベンチプレスはやらないけど、だれよりも大勢のプレス[報道陣]を呼んでしまう)

Kanye West - "Mercy"

 そんな自称"Sophisticated ignorance"=「洗練されたバカ」のカニエだけに、ひたすら「嫌い」と歌うチーフ・キーフの"I Don't Like"に惹かれて「俺も言いたい!」と思ってしまっても不思議ではない。

 では、カニエの嫌いなものとはなんなのだろうか。「I Don't Like」のリミックスを聴けばわかるように、それはマスコミだ。

"The media crucify me like they did Christ/They want to find me not breathin' like they did Mike"
(マスコミの連中は、イエスの磔刑みたいに俺を苦しめる/あいつらはマイクにしたように俺を殺したいんだ)

Kanye West - "I Don't Like (Remix)"

 カニエは過去にマスコミから受けた非難を、いまだに根にもっているようである。ここでは、マスコミの過剰な報道が薬物や麻酔などの使用につながり、それが結果として彼を死にいたらしめたという意味で、間接的にだがマスコミに殺されたともいえるマイケル・ジャクソンと、同じようにマスコミに叩かれてきたカニエ自身を重ねて、「やつらは俺も殺そうとしてる」とマスコミを揶揄している(と同時に、常に世間が目を離さなかったマイケル・ジャクソンのスター性と自分のそれとを重ねている?)。

 やはりカニエは「王座」からライバルたちを見下ろす一方で、見上げたその視線の先にちらつく、いまは亡き「キング・オブ・ポップ」の影を追っているのかもしれない。ただしカニエの場合は、人生のどん底から大傑作『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』(10年)を生んだように、こうやって自分への非難を創作の糧とし、ラップで思いの丈を述べて憂さ晴らしをしている分には、アーティストとして今後その高みに達しようとも、マイケル・ジャクソンのような悲劇をたどることはないだろうと思う。


References:
http://gawker.com/5892589/hip+hops-next-big-thing-is-on-house-arrest-at-his-grandmas-meet-chief-keef
http://somanyshrimp.com/2012/03/22/bang-the-launch-of-a-16-year-old-chicago-rapper/

 

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