2016年6月12日日曜日

タイラー・ザ・クリエイターは狂人に非ず〜『ユリイカ』2016年6月号



『ユリイカ』(2016年6月号 特集=日本語ラップ)でタイラー・ザ・クリエイターの話をしているけど、その発言がどれも的外れで無理解が目立つ。まず「あいつ(注:タイラー・ザ・クリエイター)自体は別にオタクとかじゃない、普通にパーティピープルで、悪いんだよね」(『ユリイカ』2016年6月号224頁)とあるが、実際はその逆で、タイラーは完全なる音楽オタクである。タイラーの音楽オタクぶりは『Cherry Bomb』(15年)を聴けばわかる。スティーヴィー・ワンダー、リオン・ウェア、イギー・ポップ、ジョイ・ディヴィジョン、マック・デマルコ、その他多くのミュージシャンの作品に影響を受けたと公言する『Cherry Bomb』は、タイラーの音楽的素養が詰まった作品だ。『GOLF BOOK』(15年)に掲載されているエッセイを読んでも、タイラーが一家言もった熱烈な音楽ファンであることは明らか。「Rusty」という曲のなかでタイラーは「I was a drama club kid」と歌っている。ここでタイラーが言わんとしているのは、自身が演劇部(drama club)のような芸術志向の文科系のオタクだったということ。タイラーの大好きな映画のひとつが『ナポレオン・ダイナマイト』(04年)というのも、然もありなんである。喫煙・飲酒をしないストレート・エッジとして知られ、また銃を携行しているなんて話も聞かないタイラーのことを、パーティピープルで悪いと決めつけるのは見当違いというものだろう。
 タイラーのことを狂人と呼んでいる箇所「(前略)臨床治療を受けているであろう狂人になっている。タイラー・ザ・クリエイターのリリックはたぶんリアルだと思うんだけど、『オレの精神科の先生はこう言うんだけど』というのがすごく出てくる」(上掲書)も、タイラー批判によくある誤解である。タイラーの歌詞に精神科医の話が出てくるのは間違いないが、あくまでそれは物語上の設定である。『Bastard』(09年)と『Goblin』(11年)は、タイラーが精神科医ドクターTCのセラピーを受けるという設定で話が展開される。『Goblin』の終曲「Golden」のラストには、タイラーを悩ます頭のなかの声の主であるエース・ザ・クリエイター、ウルフ・ヘイリー、トロン・キャットはおろか、タイラーが今まさに面と向かって対話をしているはずのドクターTCすらも、現実には存在しない想像上の存在であるというオチが用意されている。したがって、リリックの内容をもってタイラーのことを精神を病んだ病院通いの狂人扱いするのは誤りだ。
「タイラー・ザ・クリエイターに感動的なところはないから(笑)」(上掲書227頁)というのも聞き捨てならない。『Bastard』と『Goblin』で散々と口汚く罵っていた、自分を置いて家を出た父親に対して、それでもやはり捨てきれない思いを電話口に吐露した一曲「Answer」におけるエモーションのほとばしりは、涙なしにはとても聴くことができない。タイラーに関して誤解を抱いている諸氏には、タイラーが自分に向けられた批判の数々に反論する「Rusty」を聴いて、理解を深めてもらいたい。



Tyler, The Creator - "Rusty (feat. Domo Genesis & Earl Sweatshirt)"



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