2012年7月16日月曜日

続・CHILDISH GAMBINO~屈辱のピッチフォーク評から『ROYALTY』、そして「俺はラッパーだ問題」のゆくえ~



・1.6

 アメリカ合衆国の独立記念日である7月4日、チャイルディッシュ・ガンビーノがデビューアルバム『Camp』(11年)以来の新作となるミックステープ『Royalty』をリリースした。

"More swag, pull back on punchlines"
(スワッグが増大したから、パンチラインは控える)
Childish Gambino - "We Ain't Them"

『Royalty』
今年4月のショウで新曲「We Ain't Them」が初披露されたのを聴いたときは、驚きと一物の不安を覚えた。なにせ、あの尋常離れしたユーモアの炸裂したパンチラインこそが、チャイルディッシュ・ガンビーノというラッパーの持ち味にして、彼をここまでのスターダムにのし上げた最大の要因なのだから。これに言及するのは、おそらくガンビーノ本人は嫌がるだろうが、ときに吹き出してしまうほどにユーモラスかつテクニカルな彼のパンチラインの数々は、「コメディアン畑出身」という特異な出自ゆえの産物である。そんなパンチラインという、いわば“武器”を置いて闘うというのだから、一体どうしたものだろうかと思ったのである。

 そうしたいくばくかの不安も抱きつつ、いざ『Royalty』を聴いてみたわけだが、いまにしてみれば取り越し苦労だったように思える。これまでと比べると、確かに手数は減ったかもしれない。しかし、こちらをニヤリとさせてくれるあの強烈な一発は、本作でも健在だ。前述の問題発言を含む「We Ain't Them」でも、それは楽しめる。

Childish Gambino - "We Ain't Them"

アッシャー・ロスのアルバム
『Asleep In the Bread Aisle』
"I'm not Asher Roth, I don't sleep on my bread"
(俺はアッシャー・ロスじゃないから、パンの上では寝ない)
Childish Gambino - "We Ain't Them"

「bread」は「カネ」を意味する常套スラング。アルバムデビューを遂げ、一定の成功を収めたからといって、現状にかまける(寝る)ことなく前進し続ける、とガンビーノは宣言している。

 イントロを除いた実質上の1曲目にあたる「We Ain't Them」からは、決意表明的なメッセージが読み取れる。シンセが伸びやかに鳴り響くトラックは、まるで夜明けの光がさす清々しい朝のような、何か新しいことの始まりを予感させる。それはラッパーとしてのキャリアにおいて、次なる段階に進もうとするガンビーノ自身の心情を表現しているかのようだ。

 昨年、前作『Camp』でデビューし、数々の大型音楽フェス出演を果たすなど、俳優/コメディアンのドナルド・グローヴァーではなく、ラッパーのチャイルディッシュ・ガンビーノとして着実に支持を獲得してきたものの、同作は音楽メディア「ピッチフォーク」でボロカスに評されてしまった。ピッチフォークは、特にインディ・ロックやインディ・ミュージックに特化したメディアなだけあって、ミックステープ時代からそうしたインディ・ロック系の楽曲を拝借(ビートジャック)してラップしてきた、そして『Camp』でも引き続きそのサウンド・プロダクションを踏襲したガンビーノにとって、同サイトでの酷評は身に堪えるものがあっただろうと推測できる。

"Fuck boys chase hype track chicks/And niggas stop texting after 1.6"
(ハイプを追っかけてるやつ/1.6点が出た途端に連絡をよこさなくなったやつなんてクソくらえ)
Childish Gambino - "We Ain't Them"

 このことがスタイルの変更を考えさせる直接的な要因となり、先の「パンチラインを控える」発言に至ったかどうかはわからないが、本作『Royalty』を制作するにあたって、今後の方向性を改めて考えさせるひとつのきっかけにはなったかもしれない。

「We Ain't Them」のジャケット
また『Royalty』のリリースに先駆けて、この曲がガンビーノのオフィシャルサイトで公開されたとき、ジャケットに描かれていたのは、ドレイクのセカンドアルバム『Take Care』(11年)のアートワークを見つめる青年の姿という一風変わったものだった。
 ドレイクといえばガンビーノと同じく俳優(子役)上がりのラッパーとしても知られているが、先のボロカスに叩かれたピッチフォークのレビューでは、デビュー作『Thank Me Later』(10年)につづき、次作『Take Care』でも大きな成功を収めたドレイクが引き合いに出され、ガンビーノを批判していた。
 そこでこの曲のタイトルをもう一度思い出してもらいたい。「We Ain't Them」(俺たちはやつらとは違う)である。あの意味深なジャケットには、そうした批評に対するガンビーノからの回答、もしくは反撃といったメッセージが込められているような気がする。
 そう考えると、この曲につづく、ガンビーノの率いるクルー「Royalty」のメンバーにして、彼の実弟でもあるスティーヴ・G・ラヴァーを客演に招いた「One Up」のサビ

"You ain't liking what we doing? Shut up!/We got extra life, nigga one up"
(俺たちのことが気にくわないって? そんじゃ黙ってろ!/俺たちにはもう1機ある、1UPをゲットしたのさ)
Childish Gambino - "One Up (feat. Steve G. Lover)"


'Extra Life'の例
に対してある推測が湧き立つ。前半部分は批評家やヘイターに向けたものだろう。注目すべきは後半部分だ。ここでは、テレビゲームをネタにして「ライフ(機)が増えた」と言っている。そしてこの「ライフの数」で思い出されるのが、ドレイクである。
 ドレイクは、YOLO(=You Only Live Once:人生は一度きり)を自身のモットーに掲げ、楽曲内で連呼している。過去にはその「YOLO」をタイトルに冠した、リック・ロスとのコラボ・ミックステープの構想もあったほどだ。


"You only live once: that's the motto nigga, YOLO"
(人生は一度きり:それが俺らのモットー、YOLO)
Drake - "The Motto (feat. Lil Wayne)"

Drake - "The Motto (feat. Lil Wayne & Tyga)"

 先に述べたように、ジャケットにドレイクが描かれていたこともあり、ここでガンビーノが言う「1UPしてライフが増えた」というラインからも、やはりドレイクを連想してしまう。深読みするなら、「俺は“人生は一度きり”だと言うドレイクと違って、もう1機ある=つまり、We ain't them:あいつはあいつ、俺は俺」というメッセージを遠回しに繰り返しているということになりそうだ。

 2011年発表のフリーEP『EP』の1曲目のヴァース頭では、

"Hard for a Pichfork, soft for a Roc-a-Fella"
(ピッチフォークにはハードすぎ、でもロッカフェラにはソフトすぎ)
Childish Gambino - "Be Alone"

などと冗談混じりに、他業種からの転向組である自分のラッパーとしての特異な立ち位置を語っていたガンビーノ。「本流のヒップホップにはおよばないけど、ピッチフォークではイケるっしょ」と見当をつけていたわけだか、あろうことかそのピッチフォークでこき下ろされた(加えてその屈辱のレビューでは、『Camp』はそうした特異な立ち位置の表現に失敗している、と評されている)ことを考えると、本人にとって「1.6」という数字は、我々リスナーが考える以上に堪えるものだったのかもしれない。

・これでもか!(ドヤ顔)

ルドウィグ・ゴランソン
そのように心機一転、スワッグが増量したガンビーノによるミックステープ『Royalty』を一聴してまず感じるのは、サウンド・プロダクション面での大きな変化である。前述の通り、これまではインディ・ロック路線のサウンドに乗せてラップするというのが彼の真骨頂であり、また他のアクトにはみられない良い意味での「ゲテモノ感」を演出していて面白かった(と同時に、それが音楽活動は本気ではなく、ただの“お遊び”だと野次られる理由のひとつにもなっていた)。しかし、本作では現行シーンのトレンドを意識したかのような、これまになく「ヒップホップ寄り」な音作りが目立つ。
 クレジットを眺めてみても、その変化が読み取れる。過去作では、ガンビーノが本名のドナルド・グローヴァー名義で俳優として出演していた米コメディドラマ『コミ・カレ』の音楽担当であるルドウィグ・ゴランソンをメインプロデューサーに起用し、全曲を彼とガンビーノのふたりで共同制作していた。ところが本作では、自作自演曲に加え、外部プロデューサーのトラックが使われている(ドレイクがブレイクを果たす決定打となった「Best I Ever Had」を献上し、その後もノア “40” シェビブと並んでドレイクの右腕として腕を振るうカナダ人プロデューサー、ボーイ・ワンダー(“40”が右腕なら彼は左腕か)制作のトラックを、この『Royalty』で2曲も採用しているのは、狙ったことなのかわからないが、またしても「ドレイクつながり」といえる)。また全18曲中、8曲をガンビーノが単独でプロデュースしている点も興味深い。
 こうしたサウンド面の変化からも、良くも悪くもルドウィグの音に特徴づけられた既存のイメージから脱却しようという意図が伝わってくる。

 そして従来との変化を何よりも感じるのが、多彩なゲスト陣だ。それも本作にはたいへんに豪華な面々が名前を連ねている(最終曲「Real Estate」では、ガンビーノにドラマ『30ロック』の脚本家仕事を持ち込んだ女優・脚本家のティナ・フェイがマイクを握っている)。今回のようにゲストラッパーを招いたのは、ガンビーノがニューヨーク大学在学中に結成したコント集団「デリック・コメディ」に所属するDCピールソンを、2010年リリースのミックステープ『I Am Just A Rapper 2』に呼んで以来、実に4作品ぶりのことである。
17曲目「Make It Go Right」
客演のキロ・キーシュ
それが『Royalty』では、スクールボーイ・Qやキロ・キーシュら旬の若手から、ゴーストフェイス・キラー、バン・Bといったベテラン勢まで幅広い客演陣が集結している。
 (feat.)や[Prod. By]といった表記がずらっと並ぶトラックリストを見ただけでも、これまでにはなかった「それらしさ」を確認できよう。


RZA
ところで、チャイルディッシュ・ガンビーノという芸名が、自分の名前を入力すると「ウータン・クラン風」の名前を自動生成してくれるオンライン上のサービス「Wu-Tang Name Generator」から生まれたというのは有名な話(この逸話も、彼のラッパー業がセレブのサイドビジネスだと軽視されてきた理由のひとつだ)。そんなウータン・クランとも縁のある(とは言いすぎか)ガンビーノの作品に、今回は本家ウータン・クランの総帥RZAとゴーストフェイス・キラーが参加しているのは特筆すべきことである。
 ミックステープのリリース前には「ウータンのメンバーからのヴァース待ち」というツイートも投稿され、まさかと半信半疑であったが、蓋を開けてみれば、なんと予告通り上記の2名が参加していたのだった。適当にとってつけたようなふざけた名前でシーンに登場し、やれジョークだなんだと批判に晒されてきたガンビーノだが、その名前の由来であるウータン・クランのメンバーと共演できたことは、メンバーの一員として認められたとまでは言わないものの、彼がれっきとしたラッパーであるということの、正式なお墨つきに値するように思える。

ゴーストフェイス・キラー
 8曲目「American Royalty」と9曲目「It May Be Glamour Life」にそれぞれ客演参加しているRZAとゴーストフェイス・キラー。その存在を強調するかのような、2曲連続での起用が、仮に意図したものだと考えてみると(というより、筆者にはそうだとしか思えないのだが)、そこにはガンビーノの「これでもか!」と言わんばかりの強い思いが込められているような気がする。「ウータン・クランも認める俺だけど、まだ“おふざけラッパー”だと言えるのか?」とヘイターたちに啖呵を切るガンビーノのドヤ顔が頭に浮かぶ。

・「俺はラッパーだ問題」のゆくえ

"People tell me I should spit under Donald Glover/But I try to keep my real name undercover/Cause if you hear my name, then you think it's joke"
(みんなにドナルド・グローヴァー名義でラップしたらと言われる/でも本名は使わない/だってもし俺の名前を聞いたら、全部ジョークだと思うだろ)
Childish Gambino - "The Last"


ミックステープ『I Am Just a Rapper』
(続編『2』もあり)
そう、ガンビーノはミックステープ時代から、自身に貼られた「おふざけラッパー」という不名誉なレッテルをどうにか剥がそうと苦心しつづてきた(それも、ミックステープのタイトルを『I AM JUST A RAPPER』とするだけでなく、親切にも曲中のそこかしこで「I do not talk, I am just a rapper」と執拗に繰り返すぐらいだから相当な念の押しようだ)。 そう言われてしまうのには、これまでに挙げたサウンド面の特徴だったり、名前の由来だったりといくつかの理由があるわけだが、一番はやはりあの人並み外れたユーモアのセンスと、それを育んだ元コメディアンという彼の特殊な出自のためだろう。
 とにかくライムの内容が異質すぎる。性的メタファーを多用した彼のパンチラインは、ときにうまいと言うよりも、変態的と呼んだほうがいいぐらいである。保守的なヒップホップ・ファンには、Tシャツ&超短パンという彼の出で立ちも含めて、とてもではないが受け入れられない存在であろう。ラッパーとしてのこれまでのキャリアを、言うなれば「半お笑いスタイル」でやってきて、また「ラップはジョークじゃないって、本気でやってるから」と言うこと自体をある意味でラップの題材(ネタ)として積極的に利用してきた感さえあるガンビーノ。そのお笑い譲りのパンチラインのつるべ打ちを武器に、ミックステープ市場でリスナーを獲得し、昨年ついにアルバムデビューにまでこぎ着けたとはいえ、例のピッチフォークでの酷評もあり、さすがに本人もこのまま同じスタイルでつづけても、ヒップホップ・コミュニティから真のリスペクトを勝ち得るのは難しいと考えるに至ったに違いない。冒頭で触れた「パンチラインを控える」発言に顕著な「変化」が本作『Royalty』からは感じられる。

 十八番である下ネタ系のパンチラインが影を潜めた一方、よく耳にするようになった印象を受けるのが、「Unnecessary」や「Real Estate」に顕著な「カネ稼いでるぜ」ラインや、故郷のジョージア州や州都アトランタについて歌ったラインである。次の一節は、そんな富の自慢もしつつ、パンチラインとしても面白い秀逸な一節。

"My bank account look like when little kids break shit/Ooooooh"
(俺の預金口座はまるで物を壊した子どもみたい/ウーッ)
Childish Gambino - "Arrangement (feat. Gonage)"


「'Ooooooh' ≒ $1,000,000」ということだろう。

 考えてみれば、富の見せびらかしや地元をレペゼンするなんて、いかにもラッパーらしい。やはりスタイルをメインストリームのラップに寄せようとしているのだろうか。これまでは何もかもが異質すぎて思いもしなかったが、米南部のジョージア州育ちということもあり、今回のミックステープは、ガンビーノの作家性の根っこにあるサウス気質のようなものも感じさせる(同郷アトランタのラッパー、アリー・ボーイを客演に迎えた、ガンビーノのセルフプロデュースによる「Real Estate」はダーティサウス調の曲だ)。
 パンチラインの減少に関して、個人的には彼の代表曲である「Freaks and Geeks」や「Bonfire」のような、曲のどこを切り取っても美味しいパンチラインが味わえる、パンチラインの金太郎飴的な楽曲が聴けなくなってしまったのは、少々寂しい気もするが。

Childish Gambino - "Freaks andGeeks"

Childish Gambino - "Bonfire"

 さて、それではガンビーノは本作で、長きにわたり抱えてきた「俺はラッパーだ問題」にケリをつけることができたのだろうか……と書いてみたものの、ここまで読めば答えは言うまでもないだろう。インディ・ロック調のトラックの上で、チンコと女のことを、それこそスタンダップ・コメディアンのように面白おかしくラップしていた、かつての文化系・非モテのオタクラッパーはいま、最高峰プロデューサーが制作した最新トラックに豪華なゲストを招いて、他のラッパーがするように「カネ稼いでるぜ」とラップしている。米コメディ番組「SNL」で活躍する芸人からなるトリオ、ロンリー・アイランドのように、亜流ラッパーで終わる気などガンビーノにはさらさらなさそうだ。
 また、面白いことをひたすら思いつくままに吐き出すだけで、内容がないようなものだったこれまでのガンビーノのリリックを思い返すなら、ニプシー・ハッスルをフィーチャーした4曲目「Black Faces」ではテーマを設けて、しかも"CHILDISH"のくせに大人なテーマに挑戦している(この曲では人種問題)ことが実に意義深く思えるし、一連の変化という観点においても示唆的である。

"Magazines got black faces when somebody dies"
(黒人が雑誌の表紙を飾るのは亡くなったときだけ)
Childish Gambino - "Black Faces (feat. Nipsey Hussle)"


『Royalty』で聴けるガンビーノのラップにはもう、これまでの自称“Mr. Talk About His Dick”(ミスター・チンコ)の影はない。これで「ラッパー」の前についていた不名誉な修飾語が取れ、胸を張って「俺はラッパーだ」と名乗ることができよう。あ、でも、このミックステープを聴けば、もう誰もガンビーノのラップに対する真剣味を疑いやしないんだから、以前のように「I am just a rapper」なんてわざわざ言う必要もないか。



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